このところ、

当たり前のようにふくろうに出向く。


出向いては故虫然さんに挨拶し、

華然さんと談笑しては故人を偲び笑い泣く。


今日はその延長で、

四人勢いで車を走らせみどり市は旧大間々町へ遊びに行った。


あては無いわけでもなくあるわけでもない。


とりあえず鍾乳洞へ行こう!と勢いに任せた青春夏模様。


たどり着いた彼の地はとんでもなく非日常的。

日々日常弁天に居座るこの僕にはなおさら感じる高揚感だった。


鍾乳洞なんて何年ぶりだろう。


おどろおどろしい胎内は実に神秘的で、

かつての信仰の由来が理解できる気がした。


その後ふらふら桐生の山中カフェでまったりし、

そこに住むおばあちゃん達と世間話を繰り広げ、

横に流れる川のせせらぎと戯れてきた。


帰路に着く僕の足には川遊びの心地よい余韻と共に

手には幾許かのお土産があった。


滅多に土産を持たぬ僕にとって、

何だかそれは新鮮だった。


それまでも、

勿論大切な人達は居たけれど、

土産は話以外今まで持たなかった自分が居たはずだ。


弁天に戻り、その足で再びふくろうへ。


土産と共にいつも通り彼に挨拶をして、華然さんに土産話を披露した。


戻るべき場所と愛すべき隣人達が居る事はなんて幸せなんだろう。


そんな風に感じ入った愛らしい水曜日だった。